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2010年11月

2010年11月25日

年をとるとは!!

なんてこと!

10年、7年前より、体力がついて、肩こりやらが減って、本意の仕事が増えて、なんて私って元気!とおもっていたのですが…そればかりでもないみたい。

今日、新宿での仕事帰りにどうしても体に力が入らず、湘南新宿ラインのグリーン券を迷いなく買いました。

これは、とてもよい買い物でした!数百円で静かな個人空間が手に入る!
新幹線にひけをとらないスピードとタクシーの快適さですもん。安いもの。

さて、最寄駅のマッサー屋さんでオイルマッサージを頼むと…「どうしてこれに気づかないのですか?」みたいなご指摘ばかり。

なにー?!!強くなっっているばかりではなく、疲れへの感度も下がっていたとは。それで、畑仕事中や大雨の見回り中に事故にあうお年寄りが多いわけか!気をつけねば!

それにしても、少々の贅沢をする口実をいただいて、ほくほくしております。

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懐かしい…うーん、ずいぶん変わったなあ。

今日は2つのミーティングに同席。

そのうちのひとつは、終了時間がはっきりしない。
こういう会議、前はとっても苦手だった。

このごろはずいぶんなじめてきたけど。


某F女学院の会議。

時間割がそれぞれにこみいっている教員が、委員会ごと、教科ごとに集まれるのは週に45分。

44分でも、46分でもない。

そのつもりでみんな準備していた。絶対に次の授業に遅刻しないように、まとめのタイミングを計っていた。話し合いもれ、決め忘れがあると、そのことについては学校中が1週間とまってしまうから、大変。いま思えば、すごい精度、勢いで話し合っていたなあ。それも、20代から60代までわいわいと。よい意味で、教員の就職したら、退職するまで一人前!が鍛えられ、尊重されていた。

なんだかんだいって、これはこれで、優秀。大人も大したもの。

もうちょっと、お互いにいいとこどりできそうな気もするのですが…

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2010年11月24日

トマティス聴覚発声理論のワークショップを&KP法で

開催いたしました。

といっても去る土曜のこと。主催はキネシードライト株式会社さん。呼びかけや中華街近くの会場の用意をすべてお世話になりました。

35を過ぎてからであった友人たちは、肩書、立場ではなく、もっと深いところで個として出会う人ばかり、と驚くばかりですが、キネシードライトのYさんKさんもそういう友、ほんとにありがたい存在です。

今回のワークショップで嬉しかったのは、これまでに私の通訳を聴いてくださった方たちが

どうしてそういうふうにできるんだ、
その声はどうやって出しているのか…
どうして1日中聴いてしゃべっていて元気なのか…

と私のhowに関心を抱いてくださったことが、実現への流れのひとつになったこと。

通訳さんが通訳していた内容を自分でしゃべりだす、というパターンではありません。

さてさて、これまでトマティスではクライアントさんには、①無料聴覚テスト+外国人の耳体験→②聴覚トレーニング→③CAV発声トレーニング、とすすむのですが、

②の敷居が高い!

理論的な部分はコンサルタントの十八番のようになっていて、クライアント自身には伝えられない部分が多すぎる!

発声も、聴覚トレーニングを受けていないからって効果ゼロではない!むしろ先にやるほうが聴覚トレーニングへの呼び水にもなるのでは?

と思っていました。

今回はなんと前日に習ったKP法なる紙芝居的プレゼン法を取り入れたりもして、直前までバタバタしておりました。

アイスブレイクやら、ブレストやら、そのへんの会議技法もてんこもり。実に「らしくない」ワークショップとなりました。

次回の課題は、理論として講義しても面白い部分をさらに体験型にすること。たとえば、ためしてガッテンで使っているような(そしてもっと美しい)耳模型をつくって、骨導、気導のしくみを目で見てわかるようにしたい。

そして、そぎ落として残った部分を短く講義することでアクセントをつけたい。それは、ワークショップの場では時間的・空間的に体験できない「発達」と「外国語」の部分。

さてさて、大変ありがたいことに、キャンセル待ち、第二弾希望もいただいています。

私は、外に出て音マッピングもいいだろうし、もうすぐアドベントなので地下鉄の通路で骨導ハミングキャロリングなんてどうかと思っていますのよん。

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2010年11月18日

【期間限定】2つの流出映像!

といっても全然色気はありません。

あの電車の中の人気広告、「□いアタマを○くする」、電車から降りれなくて、降りても足が止まって悩ましかった皆さんに朗報です。iPadができているんですね~。で、今日のニュースはそれを使っているところを動画でYoutubeにのっけている方を発見。BGMが「G線上のアリア」なのがなんとも不思議。

最初は投稿者の方、製作に活躍なさった幽霊本編集者さんかと思いましたが、違いますよねえ。YoutubeIDが違う気がするのですが、どうですか~?

ちなみに、iPad版は英語圏在住の日本の方にも配信できるようになっています。配信会社(?)向けカバーレターを書くお手伝いをしたのですが、幽霊本編集者さんに「□いアタマを○くする」を英語にしてちょうだい、という宿題をいただいたときは、普段は菩薩のように柔和な編集者さんが一瞬般若に見えました。定番のThink out of the box!がちょうど□(シカク)、boxつながりでいいかなあ、と思ったのですが…どうして私はこう余計なことをするのでしょう!!この表現は英語では定番すぎ、一般表現すぎて、日本語圏での「シカクマル」のとんがり感がないよなあ、と欲が出て、Get your mind out of the box!というちょっと発破かけてる感じで提出してしまいました。いまになって、品がないよなあ、と思っているのですが…ハイ、すみません。

二つ目の動画は、つい先日会社の大きな打ち合わせに顔を出したら、なんと役員さんが「流出画像が…」とにこにこしておっしゃるではありませんか。なんと我らが殿の流出画像!

中学受験塾・体験的学び・環境教育・CSR・持続可能な教育などの「どう結びつくんじゃい?」と思われても不思議のないキーワードが14分のうちにてんこもりでした。(結びつけるのはうまいんです、たしかに…) こちらの動画はあまりずっとさらしておくのもどうかと思われるので、21日にはリンクをはずさせていただきます。その後はYoutubeに直接おいでになってうまいこと検索なさってご覧くださいませ。

(リンク、期限切れにてはずしました)


ところで11分すぎあたりに我らが殿は「米ぬかインキ」のことを「瓢箪から駒」とおっしゃていますが、その瓢箪の一つがこんな私のブー垂れ話。


シュトックマーの蜜蝋クレヨンは、透明感のある蜜蝋も、植物染料も素晴らしい。でも、そういう天然素材をすごいマイレージで、いいお値段で輸入するばかりでいいの?日本はみんな精米した白米を食べていて、私は家で毎日精米してて、たくさん糠が出るのはびっくりだよ!これ、みんなどうしているの?全部ぬか漬けにしているはずがない!そんなにキュウリがあるわけない!昔のように米ぬかろうそく作っているわけじゃないし!きっともったいないことになっている!米ぬか蝋でクレヨン作ればいいじゃん!


米ぬかクレヨンはいくらローカル調達といってもさまざま大変過ぎるようで、どういうわけか話は印刷用インキに転がった、とは殿に後日伺ってたまげた次第でござりまする。

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なんだか拍子抜け

ほんっとに久しぶりに平日昼間に自宅にいます。往復の時間を節約して、今日はせっせと机に向かっています。


でも、へんなの!


マインドマップを描いたり、ワークショップのための参考書を読んでいたり…調子の悪かったPCソフトをインストールしたりしていると…なんだか落ち着かない!

ちゃんと仕事の下ごしらえをしているのに、自宅でないとできないことをしているのに、なんだか、人に見られたら遊んでいるように見えるかもなあ…などとどうでもいいことが気になります。

昨日は、掃除もしまくるぞ!と息巻いていたのですが。

ここ1か月、クアラルンプールとサンフランシスコに海外出張、そのあと運動と学習、耳と声など、場所も対象も別々にワークショップもどき3回。通訳トレーニングについてのお問い合わせも続きました。

なんだかもう、「1812年序曲」のようでした。

そこへ突然静かな1日。

はい、そろそろ昼休みおわり。

午後は音声データの文字認識が大作業です。


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2010年11月15日

トレフリツェントを想う(なんだか瞑想的じゃん)

姓だか名だかわからないけれど、言いやすいとはいえない名前。

だから、いいのかも。勢いにまかせて口することを防ぐのに。


隠者トレフリツェントは聖杯の騎士、パーシヴァルの師とも呼べる人物。パーシヴァルとの対話を通じ、容易ではない事実に出会い、自ら変容しつつ、互いに学びあうような存在。

私が「教員」と呼ばれる仕事を思うとき、あらわれるのは大学の恩師(隠者ではありません、先生は。)と、このトレフリツェント。


情報を知識として与える場としての学校は、もう成り立たない。学部レベルまでの情報なら、もうネットで手に入る。学校は、ひととひとが、お互いから学びあうことを練習する場。


教員生活のラスト3年、自由学園で、その思いはいっそう強くなり…現場を離れてなお、確信を深めるばかり。


中1の英語となると、ある程度の構造、ツールは装備としてこちらでご用意することにはなる。でも、生徒たち自身がすぐにそれらを使ってパターン認識をし、核をおさえた質問をし、自分のものにしていく過程はすごかった!


ひとりひとりが、そのままですべて特別だ、としか言いようがない。強みとか、特徴とかがあるためではなく、すべてひっくるめて、そのままで。

だから、そういう特別どうしが出会うとほんとにすごい!


その姿に毎日触れることは、教師にとっては、「自分がひとかどの者である、優れているゆえに特別である」というおバカな勘違いを手放す素晴らしい機会。痛みによってではなく、子どもたちへのsense of wonderのうちに、自分のことなんか忘れられちゃうんだから、こんなに幸せなことはない。

学びは、線的な累積じゃない。5年学んだひとが、1年しか学んでいない人の5倍知ってる、優れてるわけじゃない。そりゃ、熟達が必要なスキルもあるだろうけど、人間の直観ってもっと縦横無尽。もっとすごい次元であっちこっち飛び回る。だから、中1でpencilをつづれなくても、コンセプトとして仮定法過去完了を理解することが、ふつーに可能。


だから教員は、学び手の今に専心して共にあることのほかに、いったい何が必要なんだろう?
学び手が今感じていることをたっぷり経験できるように静かにそばにいるほかに何が必要なんだろう?


前の晩に徹夜して授業の準備をしたとしても、それは次の日に「今」に専心する準備でしかない。準備した通りに授業をしたら、それは過去の垂れ流しの押しつけ、大きなお世話でしかない。次の学びは学び手が方向づけること。


現実的には、学校現場でここまでラディカルにはできない。教科書も、カリキュラムもある。でも、内的にこういうつもりでいるか、いないかは、端々に違いを生み出すと思う。


ただ、むしろ、日常生活、教員養成、教員OJTでは、思いっきり、ラディカルにやりたい。


「ひとりひとりが、比較によってではなく、過去の蓄積によってではなく、そのままで今特別である。」
(だから自分を特別な存在としてアピールする必要もない)

「必要なものには学び手自身が手を伸ばす」

この二つを掲げるには、やっぱりまずよき受信者であること。受信することで乱されないこと。自由であること。あたまにくっついている肉体の耳よりはるか高くに心の耳をもって聴くこと。


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2010年11月13日

200本玉ねぎの苗定植

2,3日前に種苗屋さんから玉ねぎの苗の出荷準備がととのった、との電話があったらしく、昼過ぎに受け取りに出向きました。

思いがけずあたたかい日本の11月。でも、今後のことはわかりません。早く定植したならば、寒くなってもマルチや寒冷紗で対応できますが、遅れてしまったらどうしようもない。早く植えすぎて大きくなった苗が、寒くなったところでさらに早熟してねぎぼうずができたりするリスクもありますが、うちの畑は日当たりがよくないので、小さな苗の寒さ越えを優先に考えます。

というわけで、畑に出向いたらひえ~~~~!

野良いもだらけ。

まずは霜でだめになってしまうまえに、野良小芋を掘りました。皮付きのままオリーブ油であぶるとおいしいでしょう。

さてさて、白玉200、紫玉150を注文したのだけれど、白玉を植えたところで日没。紫は束ごと土に休ませて出直しです。

バイオダイナミックカレンダーが手元にないので、もしかしたら根の日ではなかったかもしれませんが、「お誕生日おめでとう!いらっしゃい!」と唱えながら200本をお迎えしました。

といっても、心乱れる瞬間がなかったとはいえません。聴くこと、話すこと、言葉のチカラ、学びのとき、などなど、ふつふつと未消化、未表現な思いが浮いては…こらこら!と思い…のくりかえし。

40年以上銀行に勤めた父が、いったいどうしてフィンドホーンのような野菜を作り続けたのか、不思議でなりません。


写真はまたね。

庭と畑をパーマカルチャーにする計画をそろそろ…

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2010年11月12日

飛行機旅の子どもに飲み物を!

いやいや、もちろん食事の時はみんな十分にいろいろなものをいただきます。

でもね、離発着時なのです。


離発着時、機内が子どもたちの叫び声に包まれます。
泣き声ではありません。叫び声です。

鼓膜が痛いのです。その訳が分からないのです。
だから「降りたい」というけれど、飛行機を降りたいわけではないのです。この状況を降りたい、という意味です。

でも、高度の変化に伴って鼓膜の内外の気圧が変わるんだから、つばを飲み込めばエウスタキオ管をが開閉して調整できる…なんていうのは認知的な説明。おこちゃまには無理。

身体感覚的に一瞬でOKにするのは、ひとくちでもお茶やお水、できればアイソトニック飲料をごくりと飲ませること。

航空会社のみなさん、このことをアナウンスしていただけませんか。

離着陸時におこちゃまたちに、ミニサイズの飲み物を配っていただけませんか。

このことを、これから数日ツイッターや航空会社への顧客フィードバックでお伝えしよう。

そうそう、空港、航空機でのアナウンスでの発声もひどいものだった。まず、声を使って働く人は声で元気にならないと。

どんな仕事も、人さまへの奉仕と自己成長を同時に成すもの。


トマティス・カウンセラー(コンサルタント)としては、とても痛ましい経験でした。

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2010年11月10日

アメリカでも耳の修練

ひとは何をするにしても全身でかかわるようにできている。

だから、偽物の甘みを口にすると、肝臓がお砂糖が来るかとおもって準備をはじめる。でも、お砂糖が来ないのでプリプリ(?)。本当のお砂糖が口に入ったときに、肝臓が口での味覚を信じられなくなるとしたら、恐ろしい。


人の話を聴くときも、まず全身の骨で聴いている。

よく人の話を聴く人は、からだを響かせて聴いて、しっかり息をして、からだを響かせて語る。

アタマのあたりだけで聴く人は、しゃべるときもアタマのあたりだけでしゃべる。


自分をカムフラージュするためのひともいれば、おしゃべり競争参戦モードのひとも。

理由はいろいろだけど。

ひとのしゃべりは変えられない。

賢い聴き方を探るしかない。


そのひとつが、トマティスで教わった耳が物質としての耳のはるか上方にあると想像する聴き方。

この修練は、ひとり静かなところで始められたら楽なのに…と思っています。でもそれじゃ、なんにもしなくてもできちゃうもんね。


今回は微妙に時間が足りなかったり余ったりで、サクラメントのシュタイナーカレッジには行けそうで行けなさそうです。7日の日曜にサンフランシスコのシュタイナー学校で高校生の発表があったことも今日になって発見。


要するに、ひとりで出直せ、ついでの用事で済ませるな、ということでしょうか。それくらいの気持ちがなかったら、無理してついでに寄ることもないのか、という気もします。


再来月のUKこそ、INPPの前後に会う人たちとちゃんと連絡をとっておこう!…にんまり。wink


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2010年11月 9日

今、思いついた

まだアメリカにいます。
「アクティビティにもグループとしての呼吸のリズムが必要では」なんて相変わらず聞く人がきけば、ああ、あいつはアントロ一味だとばれるようなことを、もちろん本気で言っています。それが「そうよねえ」なんてなじむんだから、一味とかどうかって、あんまり関係ない。


別件。


いろいろいろいろ思いめぐらして、ふと思いついた。


明日、時間があったら、バイオグラフィーワークでやっているあるエクササイズに友人を誘ってみよう。
3分、と時間を決めて、ひたすらに、でも静かに語り、ひたすら聴くエクササイズ。

ひとり散歩に出ては、骨導ハミング…背骨をひびかせるハミングで、「背骨リスニング・ギア」をトップに入れます!商店街のアーケードはよく反響しておもしろい。


ただのハミングから…なじみの讃美歌に移行しては、すぐ飽きてしまう。


ところがまた、ギーターが、1節だけなんだけど、聴こえてくる…

シモーヌ・ヴェイユとルドルフ・シュタイナー、ふたりともギーターに出会っている。


彼らの眼差しの重なるところは…


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2010年11月 7日

渡米機内の眺めが違う…

本日、というか昨日、というか…ユナイテッドの747型機でサンフランシスコに向かいました。

成田のゲート周辺では日本人スタッフ、特に女性の声にたまらない不自然さ、無意識さを感じ、これは相当ご自分の身体にも、仕事ぶりにも損なことになっているのでは…などと懸念しつつ機内に入ると…。

あれ…?


あれれ…?

ジャンボ機なのに小さい、せまい。どうして?


よく見れば、座席から頭が半分はみだし、乗客の顔がずらりとこちらを向いて並んでいるのが見えます。おまけに、よくぞエコノミーで座れたものだと感心するほどの巨漢が、はまったはいいけれど抜けなくなったのではと心配になる様子で空間をいっぱいにしています。3席に1席程度の割合でこの巨漢ハマリ現象!

こりゃ、この飛行機重いわ。

アジア系の乗客が大多数だったマレーシア航空KL行きは、満席でももうちょっとスース―していました。アジアの兄弟姉妹たちよ、わたしたち、コンパクトにできていてちょうどよかったね。


ホテルの部屋ではPCがワイヤレスでつながりますし、GEMSが始まるまで時間も普段より余裕があるので、Take Time(左のウィジェットにあったかな)の校正をデータ上ですすめます。ほんとは最終校まで1校ごとにプリントアウトしたいのですが、ホテルで印刷して持ち帰る気にはなりませんね。

あと、読む本はThe Philosophers' Secret Fire: History of imagination という大部のPBを持ってきております。インドの友人、マハティがこの本を読むために20年遠回りしたとさえ言っている本。

いつも複数冊並行でフォトリーディングしているのですが(これ、両眼視低下の一因じゃないかなあ。)、めずらしく1冊に集中してなぞるように読むことになります。

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2010年11月 5日

アメリカはあさってから

いやいや~やっと洗濯物が乾きます。

あさってから12日まで、UCバークレーで、GEMSなる理数系体験学習プログラムの研修にまいります。

どういうわけか大英帝国にばかり縁の深い私。今回はアメリカに造詣の深い友人と一緒です。

おお、そろそろ1月英国の手配もしなkては。Chalice Wellに行きたいな。会いたい人もいっぱいいるな。

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2010年11月 3日

情報求む!バガヴァッド・ギーター

Bhagavad Gitaの音声CDの情報を求めております。

あらためていまからググっていただくお手数は結構です。
お手元におもちの方、お知り合いからおすすめを耳にはさんだことのおありの方はお知らせいただけると幸いです。

いまのところ、購入するなら日本ヴェータンダ協会で案内されているものが第一候補です。とりあえず、web上の1節ごとの朗誦を聞いています。

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2010年11月 2日

ドラゴンは起きたが!

9月のバーバラ・ボールドウィンさんのワークショップ、講座の文字起しと電子書籍化。

マレーシアに行っている間に誰かがやっておいてくれる…なんてことはまだ実現しておりません。将来的にはアウトソーシングしたいですけどね。

で、困ったもんだわ。私のPCがオリンパスのICレコーダーを認識しなくなるし、外付けハードディスクはなんだか変。まだ空きはいっぱいあるはずなのに、空きクラスター処理やら、ファイルの修復やらしております。

その間に、「やっぱり!」な状態の自宅の掃除、洗濯、草むしりと田舎くさいマルチタスク。

ドラゴンスピーチは煙を吐いて音声データをまっているのですが!

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2010年11月 1日

endlessly amazing ほんまにたまげた

たまげたことは2つ。

実は、今日クアラルンプールで最終日を迎えたかに思えたHANDLE®スクリーナーコース、ちっとも最終日じゃなかったのです!

次のステップ、とメアリが切り出したのはなんと認定書授与ではなく…そんなもんとんでもなーい!宿題の山。さらに3つのスクリーニング、それもひとつずつメアリのチェックとGOサインを受けながらすすめ、その次にオンラインによるテストです。もちろんオープンブック(資料は何を見てもよい)だけれど、これまた「なんで!」「ここをもっとはっきり!」など3~4往復のやりとりがあります。

つまり、コースでは、ひとりひとりの学びのペース、職場、生活環境は違うのに、一緒になってわいわい学びました。だから、コースが終わった後こそ、自分の学びに戻ってインストラクターと個別にやりとりする時間の始まり、というわけです。

なら、徹底してじっくり取り組みたい。わさわさとインスタントなことはしたくない。

昨日の夜中の2時にペニー(メアリのアシスタントでもあるプラクティショナー)から送られてきた2回目のスクリーニングの評価シートもすごいものでした。私がアクティビティに使う白紙を机の上に重ねておいていたか、脇の袖机から持ち出したか、鉛筆をどちらの向きで置いたか、いつアイコンタクトをどうとり、どんな声調で話したか…どうしてこんなによく見ているの!というくらい、びっしり私への観察が書き込まれていました。

私の至らないところのさまざまも、「もしかしたら、日本ではそのほうが自然なのかしら」とオープンにしてあって、ちっとも批判がましいところがありません。「どうして~したの?」「~しましたね」「~はよかった」というさまざまな表現も、ただひたすらニュートラルなひびきを感じます。これを夜中の2時まで書いているって、精神的修行、職業的インナーワーク以外の何物でもないでしょう?人智学の看板は下げていないけれど…看板なんかいらない、っていう感じです。

そうして、私の不安、不満、希望とメアリ、ペニーの提案、献身が一致点を見出しました。
きっと、2011年のうちにお呼びすることになるでしょう。

ひとまずお互いに「それいいね!」と意見が一致したのは、私が入門講座の資料を訳しておくこと。

とてもよい復習になるはずです。わたしが作業にあたる間、HANDLE®本部での事務手続きと、日本語訳チェッカーさんとの連絡をすすめてもらいます。そして、きっと私のトレーニングのフォローアップと、入門講座が…!

ほんとうに来てよかったです。これは日本のみなさんにも喜ばれる!自由になる!

ところで、最後にずっこけますが、HANDLE®本部のサイトを自動翻訳したら一部突然大阪弁になりました。

「ハンドル研究所は、様々な提供する トレーニングのレベルを アプローチでハンドル、より良いヘルプ他の人に個人を有効にする組織や。」

なんやて?

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