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2011年1月

2011年1月30日

free wifiじゃなくてwifi free

なところに来ています。それはそれで、とてもよいこと、私には必要なこと。どれだけ「どこでもネット」依存なのか、よ~くわかりました。

昨日、英国の28日午後にロンドンだいたい南方のEast GrinsteadでTake Time著者のメアリさん(HANDLEのメアリさんとは別人です)と出版社のクリスさんと打ち合わせ。日本語の特徴、小学校英語教育導入のさまざまなことなど、3時間近く注文したお茶もろくに飲まずにお互いに話し、聴きあいました。結果、日本語版のための工夫のさまざまは、こいつに任せてみよう、のようなことになりましたsun クリスさんは電子書籍にも興味津々、PODとの組み合わせや、kindle for PCについても、いまここで使っているレッツノートちゃんが大活躍。

その後、メアリさんに車で送っていただいて、エマソン・カレッジにたどりつきました。

日本でお世話になっているバイオグラフィーワークの先生に再会、とにかくお世話になりっぱなしです。暖炉の火の見張り、薪あつめくらいしかまだお手伝いしていませんが、明日は昼食を作らせていただくつもりで、先ほどバイオダイナミックの農場売店での買い物をすませたところです。


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2011年1月27日

ドイツ語にもあった「尺」!

今夜はさよならお食事会。タイレストランSiamに繰り出しました。ハッピーアワー的なサービスで、2皿で10ポンドちょっと(1400円くらい)というサービスが町のあちこちに。このレストランも例にもれず、なかなかがんばっています。

さて、食べ物もさることながら、おしゃべりもごちそう。

今夜面白かったのは、単位、度量衡の話。同じギャロンでもイギリスでは4.5リットル、アメリカで3.8リットルというのはよくわからん、という話から、各国の単位の話に。

アメリカのシュタイナー学校で巡回エクストラレッスン(登録商標の、ではなく)を担当しているTさんが、「ヤードと言えばもともと鼻のあたまと広げた手の指先の間の距離さ。それさえ知っていれば、だいたい部屋の広さや、道のりの距離が見当つくでしょ?」といったあたりから、大盛り上がり。

「でもあなたのヤードと、私のヤードは違うじゃない」

「たしかに、不動産やと百姓は困るな。」

「でも、着物ではここは3尺、ここは5尺、と決めてあるから、その人の身体尺ではかって仕立てればばっちりだよ。」

「それって、エレンのことでしょ」とドイツ生まれのアメリカ人、Bさん。

「はい????」とアメリカの一同。

ビッグバードを思わせる朗らかなBさん、ときどき単語レベルで英独の壁が崩壊します。die Ellenは立派なドイツ語ということが、電子辞書くんによって判明。しかも、尺骨の長さが基準だというのです。いやあ、これは知らなかった。

「尺」を使う文化圏はどのくらいあるのかしら。

さて、話は続き、「自分の体で空間や距離を経験する、つまり主観的実感をしっかり味わってから、ものさしやはかりの客観的基準の世界にふれるのが無理のない順序。」のような話でまとまりました。

という調子で、ここでは看板としてのシュタイナー教育と、心ある教育者の間に壁などないことを感じます。

サリーさんとも、翻訳の交渉があっけなく「それはいい、それはいい」ととんとんと進み、お昼はすっかりごちそうになってしまいました。この話はまたのお楽しみ。


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2011年1月25日

ジャパニーズ・ステップ???

いよいよ三週目の授業。サリーは質疑応答で始めました。

「では、先にすすむまえにどうしても訊いておきたいことは?」

どうしても、って言われると戸惑うんだけど…アセスメントの中の観察項目でもあるし…いいや、ここにいるうちは何でもきいちゃえ!

「あの…アセスメント6の中の、観察項目に『ジャパニーズ・ステップ』ってあるんですけど、これ、なんでしょ?皆目見当がつかなくて」(一同爆笑)

「ぶふふふふふ。いや、なにも、これは失礼なつもりはないのよ。ほら、着物をきたときなんか、ちょこちょことあるいくでしょ、あれ。だから、ほらなに、むしろエレガントなステップ、という意味よ」

と、妙にあわてた様子のサリー。なんだか、そういうところも彼女は素のまま、というか飾らない、というか、ずっこけてるというか。

なるほど、なるほど。

今週はモジュール2だけご一緒した通年コース組は解散、例のギリシャ合気道内科医もアテネに帰っています。奴がいたらまたなんか茶化していたんだろうな。

たった11人のグループになり、少々疲れもたまったところで、いよいよ深いところから心にも働きかけるエクササイズ。今週はちょっと濃密、危険!

そのくせ、昼休みも「アイルランドの政治危機はなんなんじゃ」「日本の雇用はだいじょうぶか」「なんでアメリカはあんなに阿呆なのか」「日本の離婚率が低いのはなぜか」など、インターナショナル・アラフォー・ガールズ放談。

妙な盛り上がりに忘れるところだった、翻訳の契約。サリーから「時間をみつけて話さなくちゃね」と声をかけてもらってやっと思い出した始末です。それだけ、もう心配はなくなっているのですけどね。

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2011年1月24日

おぬし、そのタイミングで「はい!」と言うか

ああ、もうこの週末は素敵なことが重なり、もう遅筆が追いつきませぬ。今日のビッグニュースはここにもたびたびコメントくださっているKayoさんと直接お目にかかって、巨大なコーヒーカップをはさんでお話しできたこと。将来のフックがカチッとはまったのが聞こえる気がします。うれしい、うれしい。

さて、金曜の珍事態。

サリーはとにかく、カリスマとは程遠く、謙虚で、そっけないほどに自然でオープン、アカデミック。原始反射や運動発達のアセスメントを演示しつつも、参加者のコメントをよく拾い上げて、講座づくりに生かしてくれます。

ところが…この、作業療法士、理学療法士などの資格と経験を持つ面々は、実は自分の課題にも興味大。彼らを馬車に例えると…御者が居眠り、馬が暴走することもあるのです。

「そのアセスメントなら、私はいつもこうやってます」(そんなこと訊いてない。)

「今の動きはATNRですか?」
「いや、むしろ○○○…?」
「でも、頭をこう動かしたんだから…」
「でも…」

説明とディスカッションはアセスメントの後で十分時間をとってあるっていったでしょ!
みんな自分の思いつきを口から出す衝動に負けっぱなし!
人が話している途中に口をつっこむだけでなく、あちこちでミニ・ディスカッショングループ発生の様相。

要するに、人の話をきいていない。
自分の頭の中にわいてくるアイデアと言葉の海におぼれているだけ。発言数はおおくても、人の話をきいていないから、少しも次元が変わらない。

サリーまで I can't think!と言い出す始末。(これは押しが弱いぞ)

私もついにこれはまずいと思い、 挙手の末、I wonder if we could have only one person speak at a time.(人がしゃべっているときは口を挟まない!)のようなことを言わせていただきました。

瞬間、空気が変わりました。

変な熱がすっとおさまりました。

それは、みんながすでに持っていた「自我による統御の力」を思い出してくれたから。と、思ったその時!!

「はいっ!」と日本語の返事が。例のギリシャで合気道の英国人内科医Mクンです。

みんなはわけがわからなくてポカン。

精神のもたらす静けさと、ポカンのもたらす静けさの質の違いはなんともいえませんねえ。


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2011年1月23日

被爆者お笑いネタ?でBBCにメールしました

昨日金曜はチェスターでの講座もモジュール2の最終日。興奮気味のクラスではいろんなできごとがありました。早めの放課後もじっくりゆったり過ごせました。大聖堂の内陣Quireにちゃんと入って夕拝Evensongに参加し、Temple Barなるパブで恩師の供養と言い訳してTetleyをのみ(ここの女将の酔っ払い指導は気持ちよい!ほかの談話目的のお客さんが安心して過ごせる空間を保っている!)、小さな劇場でちょっと古いアメリカの演劇を地元大学の演劇科の学生にまじって観覧、上演後の質問会まで居座りました。

ひとこまひとこまに、思うことがあったのだけれど、部屋に帰ってPCを開くとなんじゃこりゃ。

「BBCが被爆者お笑いのネタで日本大使館抗議」のニュース。

私は渡英以来ほとんどTVを見ていません。でもひつだけ、面白いのがあったなあ、と思ったのが…なんとどんぴしゃり、今回反省を求められているBBC1のQIでした。おもに歴史もののお笑いのようで、4人ほど?の出演者は、アマかプロかわからないのだけれど、自分の役どころをわきまえていて、何も演じている様子のない司会者より、よほど神経を使っているだろうと思いました。私が見た先週の番組では、ローマ帝国や第一次大戦の航空隊が話題になり、パイロットが並ぶ古いセピア色の写真に出演者の顔(これがまた傑作)がはめこまれたようなスクリーンが表れて、とてもおかしかったのです。

この番組が、過去の放送で広島、長崎二回の被ばく経験のある方を軽んじる放送をし、日本大使館が抗議、BBCは抗議文書を出した日本人全員にメールで謝ったとか。

まさか…と思って探すと、3時間前の時点では、まだこの番組そのものがビデオクリップとしてBBCのサイトに残っていました。ここにあえてリンクは貼りません。件の番組がいつでも見られる状態で公開され続けているのは、大使館に陳謝したという姿勢と矛盾するように思いました。

そこで、「謝罪に相当する番組を、ことの顛末には触れずにそのままサイトにクリップで残していることは理解しかねる」とメールを出しました。

お返事はメールで10日以内に届くようです。

このクリップを見る限り、悪意や軽蔑を感じません。無知や想像力の不足は感じいますが。指摘された部分前後では、たまたま私が見た先週と比べると、お調子者っぽい出演者の顔が曇り、口数がへり、戸惑っているようにも見えます。司会者だけがおかまいなしにのんきに笑っているように感じます。なんども、なんども、日本では原爆が落ちた翌日に鉄道が機能していたことを指摘して、イギリスの鉄道のいい加減さをくさしながら。

BBCからのお返事を待ちます。

私は自分が「日本人だから」、「怒って」メールをしたわけではありません。とはいえ、BBCが同じようなチョンボをほかの地域についてやらかしたら、同じスピードで反応できる知識はありません。そのときは、それぞれの地域のひとたちの声の中に、聴きとるべきものをさぐることになるのだろうと思います。

こういう事態も、お互いの学びの機会です。憎しみや怒りから自由な対話を願います。

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2011年1月21日

両眼視できない通訳者、悲劇の結末

初めに言っておくと、結末は喜劇です。

私は通訳なら1日8時間、5日連続でもOK.ところが、翻訳となると3行読むたびに眠りにおちることもしばしば。

ただ努力が足りないのかと思っていたら、そうでないことがHANDLEで判明。

両眼視がへたくそだったのです。左目から入ってくる情報を優先するために、なまけていて利き目ではない右目から入ってくる情報を排除するのがとっても大変だったわけ。こういう物質体レベルでの事実をきちんとアセスメントできるメソッドって、私のツボにはまるのです。人間はいくら精神存在だといっても、いまは物質体をまとって精進している最中。物質体をすっとばしてエネルギーいじりに走るのなら、物質体がかわいそう。

というわけで、せっせとHANDLEのエクササイズに励みました。そしたら、あらまあ、二重像を見ること、本を読みながら寝ることは激減しました。ありがたや~。

でも、効き目の左目の酷使はやめられず、やっぱり視力の低下中。

いよいよINPPも中盤。これまで私はいろんな機能、反射のデモに出るたびに、な~んにも反応がなくて、みんなの勉強にならないこと、いと甚だし。今日こそ、とばかりに「視覚機能のデモのボランティアは~」というサリーの声に「はいはいはいはいはい~こればっかりは全然だめです」という興奮したミスター・ビーン状態で立候補。

一番はじめのテストで、サリーは自分と私の間に鉛筆をいっぽん示してこういいました。
「ここなら見やすい、という距離から動かし始めめるわね。この鉛筆がみにくくなったらストップと言って。」
「はいはい。」

「じゃあ、近づけるわね。」
「あ~~~、だめだめ、もうぼけてる、2本見える」

「あら…。じゃあ反対向き(どんどん遠ざかる)」
「…。」

「まだいいの?」
「はい、どんどんいって、もっともっと、はい、どんどんどんどん…」

「…(笑)。」
「おおすごいな、まだはっきり見える。」

「あのね、Reading Glassを買ったら解決すると思うんだけど。」
「はい?なに?」

万国一同爆笑。

「それって、私の目が未熟ってこと?ただの加齢?両方?」
全員「ノーコメント」

はじめっからずっこけです。実は、私はこのテスト二人目のデモで、ひとりめは某イケメンMさん。自分の番がおわったイケメンさんはパイプ椅子の上に立って、私の一部始終をビデオにとっていたではありませんか。

直後、ユダヤブラザーズのSさんがご親切にも「今日、検眼に行くけど、一緒に行く?」と。どこへいくのかきいてみたら、Boots(品のよいマツキヨ?)だというのです。ちょっと検眼の質が疑わしいのと、ショックから回復できず、ご遠慮しました。

このBoots、ユダヤブラザーズの片割れ、Pさんが眼鏡をこわしたときはのエピソードが傑作。自分の店ではなおせないとわかった店員さん、自分の店にカギをかけて、Pさんを連れて、城壁の反対側の別の眼鏡屋さんまでつれていったそう。翌朝、登校(?)途中で偶然一緒になったPさんは「そんなの、まるで論理的じゃないじゃん、考えられないじゃん」と興奮気味。

いやいや、Bootsの店員さんの行動は、TGという経営ゲーム的にはとってもわかる話。TGの英語版があったらいいのに。そこで、やんわりと、「もしかしたら、そっちのお店からBootsがお客さんを紹介されたこともあるのかもね。とにかく、どこかに相談すれば結局お客さんのニーズが満たされて、あなたみたいに大喜びしてこうやって話してくれるんだから、いいことずくめ。同業のつぶしあいなんて、さみしい話だよね。そんなことのための論理じゃないじゃん。」みたいなことを話してみました。

ああ、このユダヤブラザーズの眼鏡は近眼用か、それとも…

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2011年1月20日

シュタイナー教育の学習支援「エクストラ・レッスン」日本語版発売

お待たせいたしました、「エクストラ・レッスン」、なんと電子書籍と紙書籍と両方で日本語訳発売です。
くわしくは、お世話になった編集者さんのブログへどうぞ。

2004年にバーバラさんの治癒教育講座が始まって以来、日本語文献が少なく、また、講座の参考文献がどうもはっきりせず、日本のみなさんにとても不便な状況だ、すこしでもなんとかしたい、と思っていました。

その参考文献の親分がこの「エクストラ・レッスン」です。シュタイナー学校での、運動やアートを通じたホリスティックな学習支援のための課外個別指導を、開発者のオードリー先生が本にまとめられたのです。とても丁寧に参考文献がページごとについており、アカデミックなプロトコールが守られていることが、当たり前ながら、とても好ましく思われます。(私も、一冊ずつ、和訳が出ているかどうか、国会図書館の検索エンジンで調べました!)

著者のオードリー先生が亡くなって、今日がちょうど四十九日くらいでしょうか。生前にお目にかかることはかないませんでしたが、こんな風に、本になって日本のみなさまと出会うのも、また粋なご縁かもしれません。

このメソッドを登録商標化しているグループもあるなど、少々違和感を感じる動きもありますが、だからこそ、基本的な情報を、本としてだれでも手に入れられるようにしておくことが、誰にとってもwin-winの状態を確保する、社会的に意味のあるはたらきかけだと思っています。

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壁の穴~宿題いろいろ

むふふふふ。満月の夜です。

ローマ軍がこしらえ、英国人が修理しつづけているらしい城壁を、授業のあとにクラスメートとぐるりと1周、やっとフレンチもどき食堂に入り、飲み食いも佳境に入ったころ。

隣に座った友人と、英国も日本も国の教育システムは石頭で、学問分野は専門化しすぎて、世の中はあちこち壁らけ。子どものニーズの全体をとらえられる人がなかなかいないねえ、などと話していたけれど…。

私には、壁だらけなのがちょうどよい。だって、どんな壁にも必ず穴がある。畳だって、草と草の間に隙間がある。そんな合間をぬって、壁のむこうとこちらの間に流れるものがあればいい。

壁がないと、私はむしろどことどこを結べばよいのか見出すのにおろおろするかも知れない。

だから、壁だらけなのは、ゲームのルールとしてはかえって楽。


宿題①

昨日来、日本の言語のしくみ・文字(読字・書字)教育のことを思いめぐらしています。

授業でディスレクシアの話が出たとき、ギリシャで内科医と合気道の先生をつとめる英国人のMさんが、「日本語って、なんだかすごいらしいってきいたけど、」と話をふってくれました。今回は言語学の集まりではなく、子どもの学習経験に興味がある連中の集まりです。言語について説明するだけでは、「それで?」となってしまいます。そこで、小学校1年の経験をかいつまんだ、ちょっとした展示物をつくろうともくろんでいます。ちょっと視野をひろげるて、お箸の持ち方、武道にも触れてみよう。

とにかく、Keep it simple,と自分にいいきかせています。
さて、文房具屋さんで道具は買ってきましたが、さて、どうなることやら。

宿題②
日本人のナンバ歩きはいわゆるホモラテラル(右手と右足が同時に前に出る)歩行と同じ?という質問。

違うと思いますね…といったら、じゃああした!ということに。一見ホモラテラルに見える手足の動きはおまけであって、肝心なのは腰のスクラッチングでは。さて、どう説明したものか…!

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2011年1月18日

ひと…ひと…ひと

チェスターに来て以来、ひとのつながり、ひとのハンモックの中にいます。

毎日、街中を歩けば、ガイドツアーでご一緒した人たち、クラスメートのみんなに発見され…通りのあちこちから「ユキ!どこいくの?」(東洋人はここでは目立つかも)

土曜に、偶然図書館の出口ででくわしたドイツ人のJさんは、私と話したい、でも出かけるって言ってたなあ、と思いめぐらしていて…ちょうど同じく川沿いに行ってみたいと思っていたので、あら、じゃあ、ごいっしょに、とふたりでディー川沿いのパブで6時間も語り合うことに。私は私で、離日前から誰かに話して確かめたいと思っていたことを、やっと彼女に話すことができて…。ああ、このひとに会うためにここに来たのだ、と思いました。

彼女は横綱だけれど、こんなふうにお相撲さん級の出会いが続くのです。

では、本日のクラスメート編。

わたしと同じく、今朝は1時間早く登校したイタリアのAさん。(今週のモジュール2は通年コースのグループと合同)英国式イタリアンカフェで朝からおしゃべり。14歳で大事故に会い、半身不随になったけれど、お医者さんの予言をよそに、自分では「動けるようになる」と確信たっぷりだったそう。いま、まさにそのとおり、ダンサーとして大活躍。

Mr.シェフィールドとあだ名されたPさんの訛りは愛嬌満点。プロのサッカー選手だったけれど怪我をして引退、サッカーの先生として学校をまわったところ、基礎的な運動がアカデミックな成果に結びついて、自分でもなんじゃこりゃ、と思ったので学習と運動の科学を学びに来たそう。体育って、運動会っぽい運動だけじゃないぜ、教室でのお勉強と直結さ、とすんごい訛りで意気投合。なんでも、リーズ大学で教員免許をとったそう。あら、プチ同窓生。

シュタイナー学校に子どもをふたり通わせているJさん。「INPPのエクササイズと治療オイリュトミーは両立しないでしょ?」とため息交じりに複雑な表情。どういうこと?

スロヴァキアからのKさんはモンテッソーリの先生。はなからシュタイナー関係者に緊張感あらわです。

なにより悩ましいのは、neuro-diversity。いろんな神経発達があっていいじゃないか、いじくるなよ、という考え方と、やっぱりこうでしょ、と従来の健康、発達の基準を参照する考え方。どっちか、というものではないと思うけれど…

(私も自分なりの見解がありますがそれは、不特定多数に開示するものでもありません)

さて、地元人編。

The Brewery Tapにたむろしていた、考古学者でジョン・レノンそっくりで、もっと優しげなMさん(クリスマス・キャロルのスクルージっぽい)と、ウェールズ命の丸刈り坊主Kさん。それから、なんとこのパブのオーナーのJさん。まさか、ここでアングロサクソン史、ノルマン・コンケスト、サムライについて盛り上がるとは。しかも、それを自分たちの今日の行動規範とくらべつつ、おたがい3パイントも飲むとは!(どういう行動規範だ) 我々は歴史のうちに生きている、歴史は我々のうちに生きている、とか吠えるたびにかんぱーい!

このパブにはクラスメートを連れて戻る気満々です。

ではでは~

(朝食:英国式 昼食:スープかサラダ 夕食:ビール というかわった食生活がたいへん快適)

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2011年1月16日

ああなんてこと。本買い出しも様変わり

昨日はまったく不思議、見事としかいいようのない、やはり神様はわりと真面目ないたずら好きなのか、と思わずにいられない一日を過ごしました。それについてはまたあとで。

というのも、今日は参考文献を見つくろうとPCを立ち上げたころにお向かいの教会の「もうすぐ礼拝ですよ」と鐘をならしはじめ…

アマゾンUK,COM、JPと英米日3か国がタブに並んだころに「礼拝始まりますよ」の鐘。

どこが安いんだ!送料はどうだ!キンドル版は出ていない?えっ、アメリカでキンドルPCをダウンロードしたら、UKでは日本の住所を英国に変更しないと買えないの?キンドルでしょうが!そんなばかな!よし、アメリカから買ってやる。

などとタブをばたばた行き来しながら、なんとかこれは必須といわれた本を確保。できるだけキンドルPC版で手に入れました。

こんなふうに、宿屋の一室にこもっていたら、

「は~い、もう礼拝おわりました」の鐘。

何やっているんだか。

20年前は、本といえばWaterstonesに繰り出して、注文したのを待って、値段なんか古本でもなければ気にするものではなかったし、買いすぎたら船便で送る覚悟でした。だから、旅行案内書にも船便での書籍の送り方、なんていう項目があったけれど、今は昔。日本から買っても円高のおかげでかえって安いくらいです。

でも、ネットが、こんな小さいPCがなかったら、アマゾンがなかったら、学生でもないのに学び続けるのはこんなに楽ではなかったと思います。ありがたや、ありがたや。(離日前日にレッツノートを買ったのは大正解。むふふ。)

さて、動こう。
市内に向かって静かな散歩道をあるき、再びディー川に向かいます。それから臨時スタディグループに合流。

昨日、寝具が辛気臭いこげ茶から明るいバラ模様に一変したので、部屋の空気がうんとよくなりました。

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2011年1月15日

骨で聴く、からだで聴く、骨で歌う

昨日は原始反射をとりまく神経科学、発達全体をふまえた授業。あいかわらずサリーは自然体の話ぶりですが、s, sh, ch, kなどの高周波音がすごい!

「はい、じゃあ質問がなければ今日はここまで」といったところで、質問の手が上がりました。

「トマティスとか、ヨハンソンとか、いろんな聴覚セラピーがあるようだけれど、どういうことになっているのですか」とアメリカ在住の某ドイツ人。

ここからが面白かった!

サリーが私に向かって「トマティスのことはあなたのほうが知ってるでしょ」、と前置きするものだから、緊張して聴いていたのですが、途中でピーターが紳士的介入。彼はユーモアも毒舌もハートから語るなんとも魅力的なおじいちゃま。

つまり、トマティス博士の理論がすべての基盤。ただ、トマティス博士をとりまく人たちのpsycho-bubble、思惑からさまざま自由にならぬことがあり、おのずと異なるニーズに向き合うために、それぞれに手法、機材の開発がすすめられた、ということ。

まったく、そのとおりと思います。

そしてなんと、骨導端子を体のあちこちにつけ、まさに骨導のひびきで具合の悪いところに見当をつけたり、健康増進をはかったりするメソッド、ムジカ・メディカまであることを知りました。

…とここで「今日はおわり」になりそうに。ええっ!ちょっと待って!

ただひびきを道具としてそとから使うだけじゃ、音と人のつながりの深みに触れてないよ!

そこで、原点に骨導ハミングがあり、聴覚トレーニングとひけをとらず骨導ハミングもトマティスの、人間のキモなのだということを話させてもらいました。

骨導ハミングで自分の身体と音のつながりを味わえること自体、自分へのギフト。そして、あふれた部分で、歌い、語ることは、周囲へのギフトです。親や先生ががこのように語り、歌ったら、子どもへのギフトになります。

で、さまざまな事情で自分ではアクティブにこれができないときに、機械で外から振動をもらうことが、思い出すきっかけになるのではないでしょうか…

このあと、ピーターから、
「ハミングのことは忘れとったが、とても大事なことだった、医学的に効果を証明した小冊子があるから、月曜に持って来よう、全部コピーしてもっていきなさい。」

とうれしいおみやげをいただくことになりました。

では、みなさま、よい週末を。


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2011年1月13日

源流を知って、大海に出る

Institute for Neuro-Physiolosical Psychologyの集中講座第1日目はあっという間に終わりました。

今日の実感:これは確かに大学院レベル相当だ!

HANDLEもそうだったけど、大人が仕事をしながら学びに来る民間の機関が、大学院レベルを名乗るのは、参加者がしっかり学ぶスキルを身につけているから。主催者が大学なみのアカデミックなお行儀をきちんと身につけているから。

サリーは写真で見るよりガーリーなかわいらしい雰囲気。表情も話し方もにこやかだけれど、おだやかです。まずは淡々と数十冊の参考文献紹介。

なぜそんな大真面目な始まり方をしたのかというと…創立者のピーターの「INPPの歴史」というレクチャーで納得。はじめて時間割を見たときは、なんで自分の組織の歴史を1日目に持ってくるんだろう。宣伝?洗脳j?といぶかりもしたのですが、それは大間違い。

サリーの書籍紹介を背景の文脈として、運動ベースの学習支援の今日までとこれからを自分の人生と重ねて語り、INPPを大きな文脈の中において、客観視して見せたのです。これは信頼度アップ↑。

たとえば…
①INPPをはじめとして世にあるほぼすべての教育支援メソッドは、ジーン・エアーズの感覚統合をベースとしていること。

②エアーズの感覚統合はデラカートの洞察があってこそ成り立ったこと。(ところが、2世代たつとエアーズのころとはすっかり様変わりして…とのこと…)

③聴覚訓練も、トマティスの研究なしにはどれも存在しなかったはずで、枝分かれしたさまざまなメソッドは、いろいろ強みは違うけれど、ヨハンソンも、ヴォルフも、マドールももとの理論はトマティス。

④NPPはまったく独自の手法ばむしろわずか。聴覚訓練をふくめさまざまな専門分野からいろいろ借り物をして工夫をしている。借りた理由と貸主の業績、つまりクレジットはいつもきちんと明示している。

特に印象深かったのは、次のひとこと。

「人間の育ち、学びについてはまだわからないことだらけです。そんなワカラナイだらけの大海に入っていくには、川の流れを水源まで深くたどれることが求められると思うのです。」な~んて言いながらも、ピーターはあくまでユーモラスなんですけどね。

お話を聴いていて、独自のものをゼロからうんうんいって作ろうとするより、すぐれたものどうしを結びつける力を、思わず水平的創造性/lateral creativityと呼びたくなりました。

日本でもやりたいこと、やらなくてはまずいことは山づみ。

英国で、講師の先生が「今日のセミナーの背景にはO'Dell とLynchとGallahueの本があります」といえば、みな自分でそれらの英語版を読んできて、そのセミナーを近景、本を遠景として受け止めるわけです。

でも、日本では、私が通訳として「オデル、リンチ、ガラヒューの本を読みましょう」ということはできるけれど、で、どうするのさ。

日本語で読める資料はわずか。また、仮に本があったとしても、参考文献をアカデミックに読んで準備する習慣は、ほとんどの日本の大学ではしごいていないのでは。

いきおい、目の前に立っている先生が源流だ、と思い込みかねないのです。これは不自由。

私たちが、相手に何かを伝えるのは、お互いにより自由になるため。参考文献を示すのも、一時的には大変になっても、長い目で見て、より自由になるため。(私がバーバラさんに腹を立てるときは、コレがひっかかるとき。)

え、なに?訳せって?

それももちろんガンバリます。ICU学生チームも作ります。そりゃ機械訳と人間訳はやっぱりまだだいぶ差があるものね。しかし、契約から校正、ときには査読…なんて、自分で本を書くより時間がかかるのです。

でもとりあえず日本語になってりゃいいや、変なところはみんなで読み合わせるから、くらいのものはどうしたら一番手っ取りばやく、みんなが自由に作れるのかしら。

電子書籍+ウェブ自動翻訳? 

英語読めないとなると、訳すべきところも選べないから、1章ずつウェブに全コピペ?変な訳だったら読む気しないだろうな…著作権の問題はないかな…。

このへんの技術的なことは、幽霊本編集者さんに投げてみよう。

並行して、参考文献がどれだけ日本語になっているのか確認し、このブログのウェブページにアップしますね。QHMサイトができたときにそっくり引っ越せるように。

2011、すごい始まり方をしました。

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2011年1月12日

3食フルコースin チェスター

といっても、本当に食事で3食フルコースだったわけではありません。

朝食は立派な英国式朝食をいただきました。宿主はどこか敏感な感じがするのですが、絶妙なタイミングでお茶を出したり、食事の味付けを訊きにきたりします。客用食堂の向こうのじゅうじゅうとベーコンの焼ける音が満ちるキッチンから、どんなセンサーをたてているのでしょう。

なんだかんだ言って、私はイギリスの食べ物が好きですが、この時期は朝7時30分の食事は、夜7時30分ではないかと思われるほど真っ暗です。

近所の界隈をのぞき、銀行、スーパーなどをひやかしながら徒歩30分ほどでチェスターの中心部へ。まずは明日の授業の場所と開始時間の連絡が来ていないので、直接事務局に出向いて確認することに。地図でも物色しようとTourist Informationに入りました。ここのスタッフがまた、気持ちいい。レジを担当してはいるのだけれど、レジカウンターの向こうに張り付いているわけではなく、細やかに動きながらお客さんの要望をきいてくれる。私も手書きの地図とエピソードをまとめた本とスタンダードな地図を購入。お会計のあいだにも、町のみどころ、ガイドツアーの案内など、「かたまった瞬間」がないのです。

10:30発のガイドツアーをガイドする男性が最終搭乗確認のように案内所に出入りしながら書類をたしかめています。

う~ん、面白そう!明日のことはあとでもいいや!
「今から申し込むのでは遅い?」ときくと、「ぜーんぜん。」さっそく仲間に入れてもらいました。地元で生まれ育ったガイドのSteveに、お客はブリストル在住のもと小学校教員夫婦、マルタから体重管理について修士課程??をおさめに来ているお嬢さんと私、の5人グループで出かけました。

19歳での初渡英いらい、ガイドツアーはご無沙汰だったのですが、これはすごい!観光客向けの安っぽいご案内ではありません。

個性ゆたかでおもしろおかしいストーリーテリング、立派な話芸です。この話芸がなりたつのは、スティーブ本人にたくさんのお気に入りを私たちに伝えたいという思いが内にあるので、おのずとあふれるものが素晴らしい!

ガイドツアー中、大聖堂のみどころだけチケットなしでさっとのぞきに入るのですが、参加の領収証を見せれば、あとでひとりで戻ってきたときに割引で入れるそうです。これはうまいシステム。

スティーブ語録

①「現市庁舎は『2年で14000ポンドで作れること』という条件でコンペのすえ作られた。でも伝統にたがわず石工が大ストライキ、うんと時間がかかったうえに40000ポンドかかった。おまけに時計塔の4つの文字盤に針をつけるお金がなく、いまも3面しかついていない。ついていない面はウェールズのほうを向いているので、連中はこれをケチだと文句言っている。」

②「ローマ人は大聖堂もふくめ町を城壁でぐるりと囲んだものの、修道院の野菜畑は城壁のすぐ裏。料理中に大遠回りして北門から出入りしたくない、城壁をきってお勝手口をつけたいと申請したら、ヘンリー8世がいろいろ言ってよこしたとさ。そのなかでも面白いのが、馬を引いて通れるのはよいが、馬にのったままで通れてはならない。夜9時には閉めること。おかげで、自分も若いころは外で大飲みして帰ってくると、北門から遠回りして帰宅する羽目になった。でも、そんな習慣のなかで何百年もふつうに暮らしているって、すごいでしょ?」

③(子どもむけ「なんちゃってローマ軍体験ツアー」と偶然すれちがって)
「2年前、ローマ軍のヘルメットが行方不明になったんだ。大将役のガイドが、『ちょっとかぶってて』とヘルメットを預けて、次の瞬間振り返ると、もうない。つまり、ツアーの子どもじゃなくて、通りがかりの子どもにかぶせてしまったんだ。だから、ヘルメットをかぶった子どもがうろうろしていたら、どこで手に入れたか確認しなくちゃ。」

もう、書ききれません~。大聖堂の内陣のとある椅子の足から、日本なら文化遺産ものの長屋が貧しい人向けにいまも貸し出されていたり、チャールズ1世が最後の1晩をすごしたパブ、the Rowsと呼ばれる商店街の1階屋根を通路、2階天井をアーケードにしたような不思議な構造の顛末などなど…それはもう、お宝エピソードばかりです。たとて、ネットに同じ情報がのっていたとしても、こんな立体感とリアル感をもって受け止めることは私にはできません。

スティーブと別れたあと、なんと4人でスティーブがすすめていた名所をいくつか周ることに。おかしいのが、普通の店舗が大昔の建物で営業しているから、観光客が買う気もなしにずかずか入っていくのです。すると、お店の人は手をとめて、案内をはじめ、特別な場所で営業できることがおもしろい、と語ります。ただ、遠くの対象として歴史をj語るのではなく、歴史の中の自分、自分の中の歴史、という視点があるので、ききごたえ満点。何か用があったらこの店で買い物しようかという気になります。

マルタのお姉さんはここでさよなら。

なんとなくお互いに教育の話をしていたご夫妻に誘われて、わたしはスティーブおすすめの、チャールズ1世最後の晩のパブへ。まだ2時だというのに、だんなさんにビールをごちそうなって、ディスレクシアを皮ぎりに、「学びを成り立たせる体のしくみ」について大盛り上がり。色つきレンズでディスレクシアの一種を解決する方法や、学校での朝の体操としてのブレイン・ジムなど、英国での「学びのためのからだづくり」の様子をうかがいました。

さて、酔っ払い顔には見えないから大丈夫、とご夫妻にいわれて、やっとINPPの事務局に向かいます。ドアを開け、秘書の女性にあいさつし終わるか、終わらないうちに、背後から「やあ、君がシンガポールの…」と話しかけた、きれいな老紳士は、INPPの創立者、ピーター・ブリーズさんでした。

ピーターさんは「事務所じゃなんだから、ぼくのオフィスへ」とおっしゃり、そこでEU,イギリスでINPPが公的な大仕事を頼まれたばかりだということ、自身も、サリーさんも新しく本を書いていること、日本人でこの講座に参加するのは私が初めてだということなどを話されました。書棚に並ぶ写真のひとびとを惜しみなく紹介したあとは、お留守のサリーさんのお部屋へ。いいのでしょうか、ご本人は留守なに…。そこには模造紙に書かれた聴覚曲線の図が…もちろん、このあとトマティス理論を受けて各地で発展した聴覚トレーニングの話にならないわけがありません。

もう、人との出会いが充実しすぎの一日でした。

明日からも、いろいろてんこ盛りのことでしょう。
短めのエントリーにならざるを得ないかもしれませんが、あしからず。


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2011年1月11日

イギリスで、原始反射をまなぶ

今、イギリスはチェスターに来ています。ちょうどウェールズのくびれの上端にせっするイングランド側、とでもいえばいいのでしょうか。まあ、チェスターという地名そのまんま「砦」ですもんねえ。

今回は、原始反射の成り立ちと見立て、統合のための知識と手法をまなぶ3週間集中講座参加のための渡英です。

昨年後半以来、自分でも気が変になったのかと思うくらい国外逃亡しています。というのも、身内の親世代がありがたいことにみんな元気、べつにおむつを替えなくてはいけない子どももいないし、家人はいたってマイペースで自活できるので、いま、じゃんじゃん動かなくて、いつ動く!と確信、衝動めいたものが湧き立ってしまったから。

ところで、原始反射とは、まるで自分ではなーんにもできない状態で生まれてくる人間の赤ちゃんが、自分でいちいち意識しなくても、ちゃんと危険を避けたり、重力とおりあいをつけたりしながら生き残れるようにインストールされている自動的な動きのこと。モロー反射がなぜかよく知られているようですね。

この動き、期限付き回数券みたいなもので、使い切ればもう勝手な動きを生じることはありません。でも、使い残すと…ちょっとした邪魔になったり、この邪魔をおさえつけるのにくたびれたり、と知らぬ間に迷惑することが。

今回の講座は、左下のアマゾンガジェットにもあるReflexes, Learning and Behaviourの著者、サリーさんによるもの。ほんとうは今年の末か来年にしか開講しないはずだったのですが、リクエストが多く、緊急開催となったようで、もう、迷いなく申し込みました!実は、この本も翻訳中なのですが、サリーさんと事務的な話もできそうでなによりです。


ほかにも、Take Timeのメアリさん、5月来日のエヴァンスさん、e-waldorfのkayoさん、バイオグラフィーワークの先生、近見さん、ドラマエデュケーションのえいこさんなどなど、錚々たる顔ぶれにお目にかかれそうです。

しかしまあ、ここに来るまではヒヤヒヤのスケジュールでした。
5日から8日までバイオグラフィーワークの合宿、9日はひびきの村の仲間とほぼ1日語りあい、もう日も暮れてから電気屋さんをうろうろして今使っているレッツノートを入手。10日朝6時からパッキング、同時にPCのセットアップ。NEXにやっと乗り込み、たまったメールにお返事。成田では案外時間がなく、お土産調達も不十分なままゲートまでダッシュ!飛行機のなかではめずらしく眠くならずに、Reflexes, Learning and Behaviour後半を通して読めました。ちっとも時差ボケしないのですが、なぜか着陸態勢に入ると睡魔が。現地午後3時すぎにロンドンについてからは、オイスター・カードなる地下鉄のスイカを購入、ヒースローからユーストンまで実にエコノミーな地下鉄旅。気分としては、所沢から西武池袋線にのって、有楽町線で都心に入った、みたいな感じがしました。ユーストンにつくともう真っ暗。チェスターまでは2時間余り。これまた鉄道がヴァージンでした。出発までちょっと時間があったので夕食のサンドイッチを物色。まー!高いこと。日本で230円程度のものが390円相当の感触です。それでもイギリスのサンドイッチはこじゃれていておいしいですよ!

いまは、チェスターのB&Bでこれを書いています。主人はまだ若い青年で、これがまた接客業に向いてなさそうな、敏感そうな…へんにぎらぎらしていないのはいいのですがね。どうもネットにはくわしくて、集客ツールにしているみたい。

さてさて、明朝は10年ぶりのイングリッシュブレックファーストです。なんだかんだいって、私はイギリスの食べ物が実は好きです。楽しみ、楽しみ。

では、みなさんは、おはよう、私はおやすみなさい。

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