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2011年9月

2011年9月27日

おお~!通訳養成始動かも

捨てアド扱いしてスパムだらけになっていた某メアド。そこに添付付きで「突然ですが…」というタイトルのメール。怪しすぎる。でも差出人のお名前を含んでいるらしいメアドは友人のような…

おそるおそる開けてみると…

なんと、あるアマチュア通訳・翻訳団体にかかわる友人からの出講打診…!

お受けしないわけがありません。

このところ、長い付き合いの友人でも、打診の時期が遅くて通訳を受けられない案件があったり、ぼけっとしているとトリプルブッキング!のような状況が続いていました。

頼んでくださる方が安心できるような同業の友人を紹介はするのですが、なかなか…。

通訳は無免許でもできてしまいます。

確かに通訳学校に行かなくても上手な人もいますが、比率で考えればそれは少数。それに、自己流を持ち味として喜ばれる人たちは、どこかで一度謙虚に自己流を離れて訓練を受けた経験があるように思います。

一方、職業通訳者はあまり声そのものがよくない、滑舌が不明瞭…声と言葉に対する人間としての丁寧さが置いてきぼり…聴き手が親しみを感じにくい…というケースも少なくありません。

というわけで、一般の通訳学校の基本をおさえつつ、言語造形、トマティス発声のエッセンスを入れたクラスを考え始めています。


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2011年9月26日

骨をらせんの響きで感じる!

昨日は久しぶりにトマティスの発声フォローアップ講座へ。

これは4日間のCAV(カーヴ)と呼ばれる正式講座を終えた面々が、「あれ?ちゃんとできているかな?」と思った時に参加する確認、継続のための3時間講j座です。

4~6人の参加者がめいめいの課題を持ち寄るのだけれど、これが面白い。クラシックの歌から、自称音痴修正(音痴じゃないよ!)、詩の朗読、外郎売の口上、など多様すぎる素材があつまります。で、先生がなにか共通する軸を必ず見つけてくださるのです。昨日は母音のひびきでしたが。(はて?)

私は背骨をひびかせるハミングは毎日していますが、声帯のひびきを脊椎に伝え上下にひびきが広がる…とイメージするのが速すぎたのですねえ。金盥の水をひっくり返すみたいにバシャーッ!とやっていたわけで。昨日はくるくるとらせんを描いて下へおりていって…とやってみました。

これが、耳が低いとだめなんです。実際の肉体の耳よりずっと上に心の耳があるつもりで聴くと、ひびきが染み渡りやすい…不思議です。

さて、一息で脊椎の一番下まで…なんて無理無理。そんな目標を持つこと自体「ごくろうさま」なのです。あ、今日はこのへんだな、こないだよりちょっと下まで来たな、とか、あ、今日はここでストップか、疲れているもんな、と自分の内側に面白がってつきあえばいいだけのことで。

そしてなんと、あっという間に上のラが出るようになってしまいました。

教訓:準備ができていれば、できる。準備ができていないことは「またね」でよい。怒っても何も変わらない。


CAV講師、日原美智子先生の深くて面白すぎるQ&Aはこちら


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2011年9月17日

かみさまの目で福島をみる、フェイスブックページはこちら

さきほどご案内しそびれました。
ココログでこんなこと書くのも失礼な気がするのですが…

「かみさまの目でふくしまを見る」こちらのページはフェイスブックのアカウントが無くてもご覧いただけます。

毎日、こちゃこちゃと書いております。

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かみさまの目で福島をみる、英国写真展そしてその後

すっかりご無沙汰してしまいました。

7月以降、訪問して下さったみなさま、失礼いたしました。

その間、もっぱらフェイスブックで用を済ませていたのですが、フェイスブックは街中の市場みたいなところ。自分の店舗もちゃんとしなくてはいけません。よっぽど常にログインしている人ならフェイスブックで十分でも、たまにしかログインしない知人には、届けたいものも届かないかも知れません。というわけで、今週末からブログとHPの更新を再開します。

とはいっても…ブログはひとつにしようかと思います。

さて、2か月もほっぽらかしておいたので、何から始めたらいいのやら…

急に、昨日になってあるキーワードが結晶のようにはっきりしてきたのです。

精神の怠惰。


おりしも、日本では炎天下の運動会で熱中症対策が大変だというニュースばかり。ちょっと待て、この時期にやること自体再検討しないのかい?

熱中症にならないように、というのは最表層の対策でしかない。

運動会の時期を変える、体育館も使って、内外を出入りし続けるプログラムにする、水泳大会に変える…

変えにくい理由がごまんとあることも知っているけど、変えない口実として説明されるのはうんざり。それをどうしたら変えられるか考えなくては。教育の現場がこれじゃなってないよなあ、と思ったのです。

おかしなことをおかしなことと感じなくなる。
変えらえることも変えられないと思いこむ。
自由なのに縛られていると思いこむ。

こういうことって、辺りにあふれている。

これを「変だよスイッチoff症候群=精神の怠惰」とします!

そして、原発をめぐって福島でおきていることこそ、人類の精神の怠惰の大象徴です。

小学校の運動会さわぎと福島原発と、バラバラだと思えばバラバラでしょうが、私には巷に蔓延する精神の怠惰、という根深い共通項があるように見えてなりません。

寝たふりをしている場合ではありません!

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