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2011年10月

2011年10月31日

英語も「ぶんなげる」

箱のみかんがカビている、というと、親戚が炬燵からこう言いました。。
「あー、くさっってのはハ~庭にぶんなげとけ。」

え?みかんを投げる?

いえいえ、これは福島をはじめ東北で「捨てる」という意味なのです。

そういえば、捨てるときのあの「ポイ」の感じは「投げる」に近いですね。

英語だって「throw away」と言うではないですか。

よく、方言を翻訳するのは難しい、と言われますが、むしろ地方の日常生活の身体感覚はそっくりなものがあるように思えます。

身体、より動きは小さくなりますが、目の動きだって共通の表現で残っていますね。

尊敬する=「見上げる」=look up to
軽蔑する=「見下げる」=look down on

昨日、通訳していた時も、スピーカーさんが「たまげる」そのまんまの英語をおっしゃったので、それこそたまげて、「たまげた」と訳したのですが、あんまりたまげたもんで、その英語が何だったのか忘れてしまいました。4日にまた会うので、きいてみよう。

さてさて、私は静岡以西のことばにはなじみがありません。「ぶんなげる」的な表現があったら、教えてくなんしょ。

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2011年10月27日

エコの本家はお家騒動

エコ、といえば今は誰でも環境、エコロジーのことを思うでしょう。

でも、ふた昔前は、TVのコマーシャルで「女性はエコノミーがすき」みたいなメッセージもあったような。エコもいつのまにか代替わりしたのでしょうか。

それにしても、経済と環境、同じ「エコ」で始まりますが、なんの共通点があるのでしょう。

そもそもエコのもとはギリシャ語のオイコス(oikos)。「家」を意味するのです。

これにlogos(ギリシャ文字が出ないー!)ロゴス、「天が創造したしくみ」がつけば、大きな家ともいえる「環境を成り立たせる秩序、しくみに関する学問」、という意味になります。

また、nomos、ノモスは掟、つまり「人がこしらえた仕組み」をつければ「家を運営管理するしくみ」となり、家政管理、それが大規模になれば経済、となるのですね。

しかし、経営はともかく経済そのものは人の管理を離れた怪物のように見えることがしばしばです。ものや人の動きに相応しないお金の流れに翻弄される世界は何とかならないものでしょうか。

oikosの故郷、ギリシャも大変。公務員の人数、税の減収、二重帳簿…耳を疑うような、ある意味牧歌的なお話ばかり聞こえてきますが、経済の血管があちこちで梗塞を起こしているようで…

こうなるとoikos+logos エコロジーを語る場合ではありません。
pathos + logos=pathology 病理学 の領域のようで…困ったものです。


ところで、同じ語でもlogosをつけるか、nomosをつけるかで大違い、という例はほかにもありますね。
ほら、あれ、あれ。
思いついた方はコメントどうぞ~♪

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2011年10月24日

放射能にラジオに半径

毎日目にしない日はない言葉、「放射能」「放射線」。
8か月前には想像だにしないことでした。

食品への放射性物質の付着がおおいに懸念され、
巷では農薬やダイオキシン、O-157は出番なし、といった感さえあります。

なにかと「ソロ」で特別に脚光をあびている放射能。
英語では語源につながりのある日常語も多いのです。

まず
radioacitivity、これが放射能ですね。

アタマのradioはまさにあのフレディ・マーキュリーなつかしい「レイディオ」。
実はradiotelegraphyの省略で、radio=光、無線、放射 telegraph=電信のこと。
確かにラジオにはアンテナはついていますが、その先に「線」はありません。
放送局から「放射されて無線で」届きます。

円を思い浮かべて、放送局をその中心、リスナーを円周上にならべると…
そう、半径がラジオ波を表しているようです。ん?数学でこれを記号であらわすと…
あのなつかしの半径rです。radiusの略だったのです。

さて、ひじから先をぐるぐる回すと…
同じように円が描けましたね。
というわけで、橈骨(前腕の骨)もradiusといいます。

最後のsをmに変えますと、ラジウム、これも
「光」+語尾のiumです。

なんと皮肉なことでしょう。

むき出しの原子炉、太陽は
宇宙のしくみ、惑星のリズム、地球をとりまく気体の層などをへて
光の、いのちの源として地上の存在をはぐくみます。

ところが、光、と名付けられた物質は
ひとがプチ太陽のみ利用としようとして作った檻から
飛出し、闇を作り出しています。

ほんとうの光とは、なんなのでしょう。

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2011年10月21日

読み聞かせ・素ばなし・紙芝居を感覚からふりかえる

あちこちで読み聞かせはずいぶん定着したようで…

でも、ふと、なにか抜けているものがあるような…

むかしむかしのそのむかし、自分が子どもだったころを思い出すと、
読み聞かせなんてなかったけれど、祖母、母の素ばなしと
紙芝居がありました。

もちろん、紙芝居おじさんではなく、プラスチックのテレビ型の枠の、
画面のところに絵が入るようになっていたのだけど。
いちばん印象深いのはマッチ売りの少女。
ぽっと灯ったろうそくの明かりの中に浮かび上がった
やさしいおばあちゃんの顔が思い出されます。

祖母と母の素ばなしは、蒲団の中できくことが多く、
薄暗い中で、民話や伝説、
母がこしらえた、妹と私がふたりだけでバスにのって
横須賀の祖母をたずねる…など、わりと冒険的な!!
その後実現することを少しずつワクワク準備するような
お話もたくさんでした。

感覚という点からごく簡単に振り返ってみます…

【読み聞かせ】
入力:視覚+聴覚
(文字を一緒に追って読む、聴く、絵を見る、)
子どものタスク:? すでにすべてそろっているような…

【寝床の素ばなし】
入力:聴覚
(聴く)
子どものタスク:内的に視覚化する
特徴:暗いので視覚的に気を散らす邪魔がない。

【紙芝居】
入力:視覚+聴覚
(聴く、絵を見る)
子どものタスク:聞こえてくるストーリーと絵を結びつける

なんだか、絵本の読み聞かせは「フルコース」ですね。

たまには同じストーリーでも、絵本をおいて、素ばなしにして、
卵かけごはんのシンプルさを味わってはいかがでしょう。

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2011年10月10日

人間万事塞翁が馬 は"April showers bring May flowers."か?

塞翁が馬、という諺は一見否定的な困ったことも、転じてよい結果をもたらすこともある、という意味で使われることが多いのではないでしょうか。

それはそれで人生ジェットコースターで面白いと思うのですが、私は塞翁の態度に惹かれます。

彼は周りのひとが「馬がいなくなって大変」「いっぱい野良馬が来てよかった」「息子が怪我して気の毒」「兵役にいかないですんでよかった」と一喜一憂右往左往しているときも、「いいこともあるさ」とは言っていない。ただひたすら、動じない、ニュートラルでいるのです。

悲しむのも、喜ぶのも、地上の「時間」に生きる人間の醍醐味。

でも、それにおぼれてはならない。

地上を振り子のように揺れながらも天空のはるか高くの一点に、すべてがニュートラルに観える点があるように思うのです。

実は、このことわざを初めて知ったのは、検定外英語教科書Progress in English の中でした。塞翁は何がおきてもゆうゆうとしてTime will tell.時がたてばわかること、としか答えないのです。これは名文でした。

表題の"April showers bring May flowers."も塞翁が馬の英訳としてよくあげられますが、塞翁のストーリーとは違う文脈を背負っているので、塞翁の言葉そのものとしてはちょっとカラフルすぎる気も。

塞翁らしい表現としては、Time will tell.もご紹介する次第です。

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2011年10月 9日

話す、歌う、愛する、生きるはおなじこと~トマティス先生のことば

みなさま、昨日来たくさんのおいでをありがとうございます。

ツイッターやら、フェイスブックやら、
メールアドレスと名前を入れればタダで使えるものは、
おばさんは何でも使ってしまいます。

で、どれでなにをやっているんだか
自分でもこんがらがってきてしまいました。

「かみさまの目で福島をみる」の絵葉書買い物サイト作成を機に
ちょっと整理しようと思います。

①このサイトと、双子のアメブロサイト 【月・水・金 更新】
話す、歌う、愛する、生きるはおなじこと…
とにっこりおっしゃったアルフレッド・トマティス博士のメッセージを
私のちいさなフィールドにたどります。

1)英語ということばの構造の美しさ
1.二元論から第三の要素が
2.八分の六拍子の不思議

2)それを学ぶ人間の経験の不思議さ
1.人間の学びのしくみ
2.中高英語のもやもや一刀両断
3.通訳養成法で大人も独学英語

3)人間の感覚の育ちと学びの不思議
1.街中人間ウォッチングから(学びは偏在。教室だけでない。)
2.開眼!学習観察からちょっと出し。
これは授業中のこどもを観察し、非言語メッセージを受信して学習環境を整えるワーク。
すべて公開はできませんが、まあ、トレーラーのつもりで。

上記、いずれも質問大歓迎です。

②そのほか、サツマイモがたくさん採れただの、
洗面所にヤモリがいただの、という話はフェイスブックの個人のウォールに載せます。
これが、一番へんてこりんなことになりそうです。

③「かみさまの目で福島をみる」
サイトとFBページのみにして、ブログはしばらくしたら閉鎖します。

今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

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2011年10月 7日

かみさまの目で福島をみる 絵葉書屋さんできました。

やっとできました、絵葉書屋さん。以下、某コミュへの投稿から引用いたします。

====================================

原発事故以降、福島は岩手、宮城とはまた異なる試練のうちにあります。

去る3月以来、私は「かみさまの目で福島をみる」と題して、
故郷と写真を愛するいわきの写真愛好家のみなさまの写真をお借りし、
Awareness & fund raisingのための写真展と絵葉書販売をしております。
(寄付先は状況にしたがって変わるのですが、地元民間非営利の
復興のための活動をしている団体が原則です。)

去る6月には英国で第1回写真展を開きました。
今週より、海外各地の大学、日本国内の私立中高を中心に
さらに写真展を開催します。

また、絵葉書ウェブショップも作りました。

息をのむ美しさです。

どうぞ一度ご覧の上、ご購入いただければ幸いです。

かみさまの目で福島をみる 絵葉書ウェブショップはこちら

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